”これでも温泉ですか。絶望的ですね”───ゲンセンヵン主人の温泉へ【 湯宿温泉  松の湯 】

 

タイトルだけで何処の温泉かピンと来た方はいらっしゃると思いますが、目的地は上州湯宿温泉です。


『ゲンセンカン主人』から

言わずもがな、と言えるほど世間的に知られているかどうかは分かりませんが、湯宿温泉は映画にもなったつげ義春の有名な作品『ゲンセンカン主人』のモデルとなった温泉地です。

読んでから気になっていたものの、ずっと行けずにいたので私にとっては今回が初の訪れ。
知ってる方には今更だと思いますが、湯宿温泉が距離的にちょうどいい位置にあったのでいい機会だ、行こう!となったわけです。

つげ義春の紀行エッセイ


熱狂的なファンも沢山いるので、遅咲きの私なんぞが語れる身ではないのですが、でもまぁここで取り上げたからにはちょっとだけ。

つげ義春の良さが分かってきたのは歳をとってからでした。

学生時代、確か19か20頃。サブカル好きだった友人につげ義春含めガロ系の本を勧められてさくっと読んでみたものの、オタク寄りな漫画やアニメ、ゲームが好きだった当時の私にはピンと来なかったのです。
美大というのもあって周りはサブカル好きばかりで、それに対してちょっとした反抗心、でしょうか。何故皆同じの好きになるだァーーーッつまらんッ!と、ろくに視野を広げようとはせず、頑なにその世界に入ろうとしなかったのです。
今思えば若気の至りとはいえちょっと勿体ないことしてたなぁと思いますね。

『ねじ式』は超有名ですね。この文庫本に『ゲンセンカン主人』も収録されています。そして『つげ義春の温泉』と『貧困旅行記』。これがまぁ、とても面白いのです。
つげ義春本人が実際に訪れて撮った温泉地等の写真、ペン画の挿絵に読み応えのあるエッセイが収録されてます。古き良き温泉が好きな方にはどちらもお勧め。
掲載されてる写真は本人が旅した1960〜70年代とあってかなり時代を感じるとはいえ、そこには鄙びた物憂げな情景が広がり、白黒写真とはいえ当時の雰囲気が伝わってきます。

藁葺きに板葺屋根の木造が並ぶ山村や漁村、そして侘しく寂れた湯治場・・・。ページをめくりながら、探しても見られなくなってしまった絶滅風景に思いを馳せるのです。


『ゲンセンカン主人』から

⠀古い湯治場はたいてい貧乏臭く老朽化している。ときには乞食小屋と見まごうボロ宿もある。浴客もみすぼらしく老朽化した老人ばかりで、見た目の印象では”姥捨て”が想像され、その侘しい雰囲気が癒しになるのだった 
─────『つげ義春の温泉』あとがきより引用

つげ義春自身「行楽としての温泉には興味がなく、地味で面白味のない湯治場に惹かれる」とも記しております。そして温泉だけでなく、鉱泉宿にも宿泊されてます。
確かに観光地化されてる温泉は沢山あるので、廃れた雰囲気を味わいたいなら寧ろ鉱泉のほうがよいのかもしれません。

つげ先生と時代は違えど、古く鄙びたものを求めてしまう気持ちは分かる気がします。景色のいい露天風呂も素敵ですが、グッとくるのは湯場の奥に湯船がぽつんとあるような昔ながらの質素な温泉だったりするのです。

メインストリートにお土産屋が並ぶような観光地化された温泉街・・夜の温泉街の歓楽的雰囲気はいいですよね。ですがそんな賑やかな温泉地で地元の人に昔から親しまれてる質素な古い共同浴場に入ると、何だかホッとする自分がいるのです。

いまや”鄙びたボロい温泉巡りをする”のもいまや立派な温泉ジャンルのひとつで、そういった温泉愛好家の人たちがたくさんいるのも頷けます。
自分も漏れなく、そういう部類の温泉を好むタイプ寄りの人間なのかもしれません。

うーん、長くなってしまいました。
ですがもう本題なんでもう少しお付き合い下さいませ。

湯宿温泉



『貧困旅行記』から

つげ義春自身も何度も訪れたという湯宿温泉。漫画だけでなく写真やエッセイでも何度か取り上げてます。ファンの人々にとっては、湯宿温泉はまさに”つげ義春の聖地”なんでょう。聖地巡礼で来られたファンの方も多そうです。

それもあるのか湯宿温泉についてはネットで検索すれば情報はたくさん出てきます。
とは言っても、温泉ランキング100位とかには入っておらず、一般的に知名度が高い温泉ではなさそうです。

位置的には猿ヶ京温泉のちょい手前に位置する温泉地で、開湯は約1200年前と伝わる古湯らしく結構歴史のある温泉なんですね。
場所はとても分かりやすくR17号のすぐ隣の旧三国街道沿いにあるこぢんまりとした温泉街です。


昭和43年と51年の湯宿温泉(つげ義春の温泉)

現在の湯宿温泉はどうなんだろうか。
どうやらネット上の口コミや情報ページによると、原作に描かれてたような当時のうらぶれた面影はないそうです。
そりゃ〜そうですな。
別にいいのです。なんとなく当時の面影を感じられる雰囲気的なのが味わえればいいんじゃないかなぁ、くらいの気持ち。

着きました。

湯けむりの塔のすぐ後ろが小さな砂利の広場になってるのでそこに停めました。バイクを停めてもOKな感じ。

このとおり湯宿温泉はとても小さな温泉街です。目指すはつげ義春が訪れた時に既に使われていた4つ共同浴場。どれかに入れればいいかな。

そして湯宿温泉のお湯は超熱いらしい。
はたしてこの暑さで入れるのだろうか。。

バイク停めた後すぐ地元民であろうおじさんが「なに、風呂入りに来たの?」と話しかけてきました。

「どこから来たの?」「東京からです」「東京のどこ?」「多分ご存知ないかと思いますが‥東久留米市です」「ん?あぁ、知ってる」(ほんとかな?)。
そして湯けむりの塔から近い2つの共同浴場、「竹の湯」と「松の湯」を場所を分かりやすく教えて下さいました。

共同浴場は観光用ではなく地元民が主に使っているので、宿泊以外の一般客は16時から21時までしか利用できないのです。
そして近場に住んでる人がそれぞれの浴場の鍵を持って管理してるとのこと。

「『松の湯』は開いてないかも。すぐそこの『竹の湯』の鍵ならあるから開いてなかったら戻ってきて」とご親切に仰ってくださいました。ありがたい🙇

「激熱だよ、今日は特に熱い。入れるかわかんないよ」

うーん、口コミだけならともかく住人の方が言うくらいだからかなりの熱さなんだろう。

開いてない共同浴場もある・・・どこに入れるかはその日の運次第ってことでしょうか。

私はたまたま声掛けられたからいいものの、、、
鍵もってる地元民に開けてもらうって結構ハードルが高いんじゃないか?

こう見ると民家が連なり温泉街っぽさは感じられません。

おお、これが「竹の湯」ですね。

話によれば共同浴場の中では「松の湯」が一番古いらしい。
一番古いと聞くとどうにも気になります。

あとの2つ「窪湯」と「小滝」は?なんですが。
勧めてくれた2つのどちらかでいいかなと。
とりあえず先に「松の湯」を確認して、ダメだったら戻って「竹の湯」の鍵を借りることにしました。

教えて貰った通り、ベンチがあるすぐ脇の細い路地の奥を進むと・・・

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湯宿温泉「松の湯」

ありました!これが「松の湯」ですね。知らなければ通り過ぎてしまう場所にひっそりとあります。

そしてなんと!
鍵は・・・開いてました!しかも南京錠って(^^;

開いてないことが多いという「松の湯」。
ラッキーです。せっかくなんでこのまま入ることにします。

入口のすぐ隣には汲み場がありました。
ガラガラと扉を開けると。。

まさに!期待通り!
TH E シンプルな造り。

質素で飾り気も何もないのが、まさに地元民向け。
洗い場にはカランはなく、水だけが出る蛇口ひとつにホースがついてるのみ。
ペンキが剥がれた壁もいい味出してます。

謝恩金は一応200円入れておきました。

湯船の下は男湯とつながってますね。この男女の湯が下で繋がった造り・・・私が入った山形の蔵王温泉の『川原湯共同浴場』を彷彿とさせる造りです。

手を突っ込んでみたら・・熱い!
まずは桶でお湯をすくい、水を入れて温くして髪と体を洗って、それから掛け湯して体を慣らすことにします。

足を突っ込む・・・あちぃ!出よう!掛け湯!
これの繰り返し。

これ無理なのではと挫折しそうになったけど
せっかく来たからには入りたい。

入らないには湯宿温泉は語れないぜ!

ようやく八度目くらいで全身浸かることが出来ました。
ざざざーー!と勢いよく湯が溢れ流れていきます。

いや〜気持ちいいです。
熱い温泉は一旦入っちゃえばこっちのもんです。

とはいえ、じわぁぁぁと皮膚が焼けるようにピリピリくるので、20秒くらいでギブです。
それを3〜4回くらい繰り返したら、ちょっとづつ長く浸かれるようになりました。

熱湯に入るのも要は慣れなんですよね。

反対側から。見ての通り脱衣場と浴室が一体型になった造りです。
この造りと謝恩金入れるところ、そしてこの熱さ。なんだか野沢温泉みたいです。

となりの男湯に人が入ってきました。地元の人だろうか・・・

風呂上がり、火照った体を冷ますためベンチで涼んでから温泉街を少し散策することにしました。

500m続く石畳。
誰もいない石畳をのんびり散策。

にしてもお土産屋や娯楽施設も何もない。
歓楽的要素ゼロです。
ほんとーーーに何もない。

そういや『貧困旅行記』の湯宿温泉の章では、つげ義春の友人らしき方が本人に湯宿温泉をお勧めしてる会話があるのです。

「ぼく向きとはどういうこと?」
「うーん、なんて言うのかねえ、鄙びていてあまり知られてなくて、訪れる人も少いし、それに宿代も安い」
「渓谷があって、露天風呂があって?」
「いやそれはなかったけど」
「藁ぶき屋根の家があって、釣りができて」
「それもなかった」
「じゃ射的場とかヌード小屋がある」
「ない」
「じゃあ何があるのよ」
「何もない」
「何もないって、それがどうしてぼく向きなのよ」
「うまく説明できないけど、行ってみれば分かりますよ」

時を経て時代も移り街並みも変わろうが、それといった特徴も何もない温泉街というのだけは変わってなさそうである。

車が入れないような入り組んだ路地。ところどころ古い建物が残っています。

なんていうか・・・凄く静かなんです。

たまたまなのか、観光客?らしき人はまったく見当たりません。
それだからかな?なんだろう。

そして希に出会う地元民の方々が「こんにちは」と挨拶をしてくれるのです。
そこにはゆったりとした心地よい時間が流れています。

共同浴場の一番広いとされる「窪湯」と「小滝」。
小滝は開けようとしたら開かなかった。そして見ての通り南京錠ではなく、一般的な鍵付きのドアノブでした。
やはり「松の湯」は一番古いだけあって造りが違います。


石畳を歩いていくと、大滝屋の案内板を発見。
小路をそのまま進んでみましょう。

この『大滝屋旅館』がその「ゲンセンカン主人」のモデルになった旅館です。大滝屋旅館のブログに載っていた新聞記事よると、つげ義春が宿泊していた頃は当時最も古い建物で、98年に取り壊されてしまったそうな。そして今だゲンセンカンに泊まりたいという問い合わせが年に数件あるそうです。

さすが、つげ義春人気は根強い。

補助付き自転車に乗ってた小さな男の子2人。「こんにちは」と元気よく挨拶してくれました。和むなぁ・・・

さぁ帰ろう〜っとバイクの停めた方に向かったら。
最初に声掛けてきたおじさんと、奥様らしき人が座りながらビール飲みながら「ちょっと一杯やっていきなよ」と手招きしてくるじゃないですか。

せっかくなので誘いにのってはみたものの、バイクなので飲めません。
そしたら代わりにと湧き水で冷やしたペットボトルのお茶をくださいました。

冷たい湧き水にチューハイやビール。。
いいなぁこれ。

採れた山菜。蕨(わらび)、だそうです。これが美味しかった。チョコもくれた。

ご夫婦ふたりと私で暫くおしゃべりしてたら、さらにふたりのおっちゃんが加勢して5人で団欒。

まさかの湯宿温泉地元民と交流することになるとは。

「風呂熱かったでしょ」
「松の湯は40年前からあのまんま。全く変わらないよ」
「あの熱さは都会の人は無理だよね」
「今は竹の湯の方が熱い」

「今日は帰らないで泊まっていきなよ。素泊まり2千円で酒飲み放題だよ」
次の日仕事じゃなきゃこのまま居座ってたと思います。

よく晴れた日の夕暮れ。
そよそよと吹く風や自然の湧き水の音が聞こえる中。
風呂入った後に新鮮な山菜のおつまみでビール。
サイコーじゃないですか。

わたしゃペットボトルのお茶ですが。

おっちゃん達、皆和気あいあいと楽しそう。

くっ・・・
こんな時に酒が飲めないなんて・・・

心の中で悶絶しました。

いやはや、思ったより長居してしまい薄暗くなってしまいました。

でも楽しかった。
また来てね、と皆快く見送ってくださいました。

ということで湯宿温泉。
いや〜この地味さ加減、なかなかいいですね。

秘湯感とかはなく、ひたすらに静かなだけです。
それがいいのです。
時の喧騒を忘れさせてくれるのでしょうか。
しんみりと過ごしたい方にはとてもいいところかなぁと思いますね。

華やかな温泉街とは真逆な、静かでこぢんまりとした温泉街。
名だたる温泉がひしめく群馬の中ではあまり目立たない存在かもしれません。
でもそこが知る人ぞ知る穴場っぽくていいのです。

冬も湯宿温泉辺りは積もっても2~30cmしか積もらないそうで、17号沿いだし来やすいそうな。行ってみたいなぁ。

ということで長くなりましたが、湯宿温泉については以上です。
熱い温泉おっけー!な方は是非。

秩父のR140沿いのローソンにて最後の休憩。
さすがに疲れて下道が億劫になったので花園ICから関越のって帰りました。

ということで、今回は462km走ってました。

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