通行止め看板collection
通行止めは旅の分岐点

お馴染みの看板
ツーリングをしていると、必ず出会うものがある。
それは道の駅でも絶景でもなく。
赤い文字で書かれた”あの”看板・・・・・・

「通行止」。
ツーリング行くようになって最初の数年、遭遇する度にがっかりしていた。
それは頭に描いていたルートが途切れてしまうから。予定が狂う、時間のロス。まさに負のイメージ。
でも長く走っていると、だんだん見方が変わってくる。
「また出会ってしまったꉂ(¯ᗜ¯)」

走ろうとしていたルートが通行止め。普通なら残念だと思われがちだよね。目的地に向かって走ってたのなら尚更。
もちろん道路交通情報で事前に分かっている通行止めは、最初から避けるしかない。ただし、それは主に国道や県道の話。林道や農道、市町村道になると事情が変わる。
林道も、通行規制がまとまって確認できればいいのだけど、そうでないケースもある。
例えば山梨県のように一覧で見られるところもあれば、市町村ごとに確認しなければならないこともある。
地元自治体のページに載っていない限り、通行止めかどうか分からないことも多い。
つまりマイナーな林道なんかは、実際に行ってみるまで分からない。もはやちょっとしたギャンブルみたいなもの。

けれど何度も遭遇しているうちに(画像通り)、残念どころか、むしろ旅の分岐点と思えるようになってきた。
引き返す。
地図を見直す。
知らない道へ入ってみる。あるいは迂回路を探す。
その結果、思わぬいい道や思いがけない景色に出会うことがある。すると、なんだか得した気分になる。
もちろん退屈な道に回されてしまうことも普通にある。林道を走りたかったのに通行止めで国道へ……なんてことも。
確かに一瞬はがっかりする。けれど気づけば、予想外の展開を楽しんでいる自分がいたりする。
【最初の頃】通行止め=ショック、最悪
【数年走ると】通行止め=まぁそういう時もあるよね泣
【さらに走ると】通行止め=さて、どこ行こう
この境地に至る。笑

山の道路は作るより維持する方がずっと大変なんだという。
雨、雪、凍結、崩落、土砂──────
山は生きていて常に動いている。
崩れ、削れ、流れ続ける。
その山の上に人間が細い道路を引いてるだけなんだから、通行止めが多いのも仕方ないのかもしれない。

世界的に見ても、日本は山岳道路の維持難易度がかなり高い国らしい。ヨーロッパのアルプス道路は雪対策こそ大変だけど、岩盤が硬くて意外と安定しているとか。
でも日本の山は
土砂や火山地質が多く、崩れやすい。
- 地質が脆い
- 雨が多い
- 地震が多い
- 斜面が急
いわばフルコンボ。だから通行止めが多いのは、ある意味避けがたい問題なのかも。
とくに夏の集中豪雨や台風。
線状降水帯が発生すると、たいていどこかの道が通行止めになる。
走る予定だった峠道や林道が通行止め・・・・・・・
ライダーなら、あるあるだよね。ロンツー先で走る予定だったら、ほんとがっかりって感じ。
もちろん道路交通情報で事前に分かっている通行止めは、最初から避けるしかない。残念だけど解除されたら走りに行けばいい、とまだ割り切れる。
でも現地で偶然出会う通行止めは、ちょっと違う。
うわぁぁぁ〜ここもか…
と一瞬ガーンとなるんだけど、すぐ立ち直って、そこからまた別の道を探すことになる。これもツーリングイベント⁉️と頭を切り替えるしかない。
ツーリングって案外そういう瞬間が楽しかったりする。笑

もはやツーリングの風物詩的な存在になっている通行止め看板。
“通行止め看板で引き返す”
この一見無駄な行為は、実はバイク旅の本質にかなり近い気がする。
最短距離を走ることではなく、道を探すことそのものがバイク旅でもあるから。
「通行止めか〜……さて、どこへ回ろうかな」
自分のルートログが、またひとつ増える。
地図に描かれた線の中に途中で途切れた一本のライン
目的地でなければ本来なら繋がるはずだった道。
けれどそこには、その時の判断や景色や空気が確かに詰まっている。
そんな未完成の線が増えていくのも、バイク旅の醍醐味だと思う。
開かずの通行止め
地図には道として載っているけど、長いこと通行止めが続いている道が全国各地にある。通行止め常連の県道や林道なんかもそう。


存在はしている。
でも走れない。

だから地図を見ているとつい思ってしまう。「この道、いつか走れる日が来るんだろうか?」なんて。
これから繋がる通行止め
通行止めも解除されないまま、いずれ廃道となり自然に還っていく道もあれば、これから繋がるという楽しみの通行止めもある。
それは、新潟(三条)と福島(只見)を結ぶ予定の国道、八十里越街道。
本格工事が1986年頃からだから、もう40年近く経っている。

これは八十里越街道、新潟と福島の両方の通行止め地点(R352とR298の通行止め箇所)を見に行った時の写真。
看板の向こうには、まだ走れない山道。
でも確実に工事は進んでいる。
開通見込みは2026年秋~2027年夏。
一里が八十里に感じるほど険しい山の上に作られる道路。
開通したら走りに行く!
八十里越も完成してしまえば、ただ走るだけだと、きっとたくさんのトンネルと立派な橋に圧倒されるだけで終わってしまいそうな気がする。
けれど、この道が完成するまで、どれだけ大変だったのか。
ツーリングで立派な橋やトンネルをいくつも見てきたけど、日本の土木技術って本当に凄いと思う。八十里越も、きっとその結晶みたいな道路になるんだろう。
崩れる道もある。
消える道もある。
でも40年かけて生まれる道もある。
そういうことを少しでも想像しながら走ると、きっと見える景色も違ってくるんじゃないかなと思う。
Googleマップや地理院地図を眺めてると、「このグネグネした道、楽しそう」、「ここからあそこへ繋がっているんだ。走ってみたい!」と思わせてくれる。
でも現実は必ずしも通れるとは限らない。
地図は人間が通れるように見える世界を描いた、いわば理想の世界。
けれど通行止めの看板は”自然が出した現実”。
ツーリングをしてると、その境界に立つ瞬間が必ずある。
もし地図が100%現実と同じだったら、ツーリングはちょっと退屈になるかもしれない。
迷わないし外れもない、想定外がない。
つまり冒険がなくなるということ。
だから皮肉なことに、地図と現実のズレがあるからこそ、ツーリングは面白くなる。

通行止めの看板の向こうには、まだ走れない道がある。でもいつか走れる日が来るかもしれない。
そう思うと、通行止めも悪くないかもと思えてくる。
通行止めの看板は道の終わりじゃない。
そこからまた別のルートが始まるだけ。
引き返して走った道も、ちゃんと自分のルートログに残る。だから通行止めもバイク旅の一部なんだと思う。






