8月下旬。
能登半島へ3泊4日、お祭りを見るためにバイクで行ってまいりました。初日は乗鞍に泊まり、後は能登でのお泊まり。
職場の同僚に輪島出身の方がいると、かなり前の能登の記事でちょい触れましたが、その同僚が今年の春頃に「夏に実家帰る時期にお祭りもあるから遊びに来なよ〜!と誘ってくれたのです。
そりゃもう行くしかないっつーことで(。•̀ᴗ-)و ★
ちなみに滞在したのは輪島市ではなくお隣の志賀町という町でした。
同僚の実家の前で。
庭を合わせ200坪は余裕であるのでは?くらい田舎のでかい家はマジでかい!目の前は畑、そして木造二階建で間取りも超広く縁側のある田舎の典型的な大きな家でした。
蚊取り線香の微かな匂い
遠くに聞こえる摺鉦や太鼓の音
響き渡る初秋の虫の鳴き声・・・
こんなにも心地よい空間の中で眠りについたのは久々でした。
自分の家だと虫1匹でも部屋に侵入すれば「なにクソ!」と躍起になって追い出したりしますが、こういう田舎の家だと虫1匹部屋にいようが全然気にならないものですね。
小さな蛾が1、2匹電球の周りに飛び交っていようが、まぁいっかと気にせず寝てしまいましたよ😴💤
こんな感じでかなり広い庭。
ちなみにあれは私のバイク。
余談ですが写真の通り長距離ツーリング用にバイクのハーフカバーを買ってみました。
無くても全く困るものではないですが、初日の夜の土砂降りや能登でも時折急な雨にやられたので思ったより役立ちました。収納ポーチ付きでコンパクトに畳めるやつでしたので今後も長距離ツーの良きお供になりそうです。
矢澤産業 バイク用ハーフカバー 3L 全長240cm 品番:BH-03 BH-03
矢澤産業(Yazawasangyo)
滞在時や行き帰りの道中のツーリングについてはまた後の記事で🤗
能登のキリコ祭り
能登のキリコ祭りとはどういったお祭りかちょいとご紹介したいと思います。ご存知の方はさらりと流してくださいませ。
能登キリコ祭りというのは、石川県能登半島各地(珠洲市、輪島市、七尾市、穴水町、志賀町、能登町の3市3町200地区)で行われている祭りで、2015年に文化庁の「日本遺産」に登録された伝統的なお祭りです。
参加したのは17番の冨木八朔祭礼です。
キリコ祭りがいつから行われたか定かでないそうですが、記録上では江戸時代初期の正保3(1646)年、輪島の住吉神社の祭りで使われたキリコが最古とされてるそうです。
キリコというのはこの大きな切子灯籠のことで、祭りの際は明かりが灯されたキリコを担ぎ手達が威勢のいい掛け声を出しながら勇壮に練り歩くのです。
能登半島を走っていると、道の駅や道路でキリコ型の案内板を見かけますね。
キリコの大きさは高さ4~6mに担ぎ手20〜30人程度のものが主流で、子供が担げる小さなものまで大小様々。
大人100人で担ぐような13〜15m以上の大きいのもあるそうです。最大のは16.5m!ビル4,5階建ての高さに相当するから驚きです。
この記事に載せてる写真は能登に着いた初日、冨木八幡神社(石川県羽咋郡志賀町)で19時から始まった『お旅祭り』の様子です。
金箔や彫刻で施された煌びやかで華やかな装飾、上部にある提灯やぼんぼり、そして明かりが灯された四面の和紙には浮文字や絵が浮かび上がり、一つ一つ個性があって見ていてとても楽しい!
どれも素晴らしく、写真を撮るのが捗りました。
( ∩’-‘📷⊂ )˚✩*
摺鉦や太鼓が独特なリズムで打ち鳴らされる中、大小様々の個性ある美しいキリコが行き交う様はとても幻想的。
沢山のキリコが宮入りする様子は圧巻で、初めて見た私には感動モノでした。
とにかく圧倒されるのは神輿やキリコの担ぎ手達の熱気のすごさ。若い人中心に皆頑張って担いでます。
担ぎながら発する大きな掛け声もあって、超迫力!
担ぎ手達もとても雄々しく練り歩くので、ボケっとしてるとぶつかりそうになるくらい。
超間近で見たというのもあるけど臨場感が半端なく、ただただ圧倒されてました。
地元の若者もこの時期は帰省するらしいけど、それでも少子高齢化もあって若い担ぎ手が少なくなってるそうな。
どうやら金沢大学の学生達もボランティアとして参加してるみたい。少子高齢化・・・😓こういうところにも影響してるのですね。
能登出身の人はキリコ祭りの時期には必ず地元へ帰る、というくらい能登で生まれ育った人にとって特別なお祭りだそうです。
同僚曰く、キリコ祭りの時期に帰れなかった時に電話先で微かに聞こえる祭りの音を聞いては、「あぁ帰りたい」と深い郷愁にかられたそうな。
祭りの音を聞けば郷愁にかられる・・・
私は生まれも育ちも横浜市なので、子供の頃から”伝統的なお祭り”というのを肌で感じながら育つ、ということがなかったです。
横浜というのは江戸時代後期から栄えた港町なんで、せいぜい150年くらいの歴史しかない新しい街。お隣の鎌倉には古い歴史はあっても横浜には古い歴史はない。横浜には伝統的なお祭りというのはないのです。
子供の頃のお祭りといえば、町内会主催の地元の公園で催される夏休みの盆踊祭りくらい。
そこで夏休み中に会う同級生達・・・当時の祭りの様子や友人達を思い出すと、確かになんとも言えない懐かしい気持ちにはなります。それを郷愁といえるのかよく分からないですが。
観光客が集まるような規模の大きいお祭りでも、地元の小さなお祭りであっても、子供の頃のお祭り風景というのは不思議と心に刻まれているものなんですね。
能登に着いた初日(8/24㈯)は同僚の実家に夕方前くらいに着きました。
19時から始まるお祭りに合わせて軽くご飯を食べて出かけました。
そして次の日(25㈰)は『本祭り』で昼の2時から。
本祭りはキリコではなく、神輿がメイン。
11基の神輿が増穂浦海岸の浜辺に並ぶ『浜廻り』。増穂浦海岸は能登ツーした人は最低1回は通ってるであろう、R249沿い『道の駅 とぎ海街道』があるすぐ前の海岸です。
日曜日ということもあって、ツーリング中の数台のバイクが通り過ぎて行きました。
休憩挟むとはいえ、夜まで祭りは続きます。
祭り全ての行程が終わるのは、なんと夜中の2時くらいだそうな。
かなりの長丁場だ〜。
次の日は月曜なんだけど仕事ある人は大丈夫なのかな汗
「世界一長いベンチ」の案内板発見!そういや前回の能登ツーの時はベンチに座って海を眺めながら缶コーヒーを飲みつつポケッとしたものです。
太陽に反射してキラキラと輝く海原に金箔の神輿。
不思議な踊りをしながら摺鉦を叩く人達
綺麗にヘアアレンジを施した髪に大きな花の髪飾りを着けた祭りの格好した女の子たち。とても可愛かった♡
ちなみに法被の色や紋章がそれぞれ違うのは地区ごとになってるからです。
金箔の華やかな神輿は能登の海にも青空に映えます。
暑いけど吹く風は秋の風。
日向は暑いけど日陰だと心地よい。
そして夜も更け・・・
祭りはまだまだ続きます。
順番待ちの神輿の担ぎ手の人達が酒盛りしてました。
時間にして22:30。まだまだ終わりそうにありません。
さすが年に1回だけの大きなお祭りシーズン。
遅くてもとても賑やかでした。
今回の能登での地元飯。
サザエ味噌の壷焼き
麹味噌で漬けたサザエ。同僚いわく、能登独特の食べ方だそうです。酒のつまみによく合います。(o__)/🍶
茶碗豆腐(ちゃわんとうふ)
能登の茶碗豆腐といえば本来は豆腐の中にカラシが入ってるものをいうらしい。
たまり醤油をかけてカラシをつけて食べました。
これが不味いはずがない。さっぱり美味しかった!
いぎす(海藻)の味噌汁。
不思議な食感。啜ったら磯の香りがふわっとして、これもまた美味しかった。
そんなこんなで、能登のキリコ祭りでした。
いやー、よかったです。
もとからいろんなお祭りに出掛ける程「お祭り大好き〜!」でもない私でしたが、キリコ祭りはめちゃくちゃ楽しめました。誘ってくれて泊めてくれた同僚にも感謝。
同僚の兄弟の嫁さんが「初めてみた時は感動した」と仰ってましたが、まさにその通りでした。けど「2〜3回もみれば慣れちゃって途中で帰る」とも。それはわかる気がしますw
シーズン中能登を訪れる機会があったら、キリコ祭りも色々あるので、是非どれかでも体験してみるのもおすすめ。
見たことない方は迫力に圧倒されると思います。個人的には能登町の『あばれ祭』はかなり面白そうで気になります。
そんなこんなでお祭り編でした。
次はツーリング編で。